「堂島リバービエンナーレ2015」

 今日行かなきゃ、もう観れないよ〜!てな事で、他の重要な仕事のついでに、風邪で寝込んでいた J を、引っ張り出して(てか、車の駐車にはもう1人どうしても必要だった)行ってきました。
同業者の展覧会も、いいけれど、、(どうでも?いえいえめっそうもない)少し、、、てか、かなり、、普段自分では見ることの無い視点で、物事を見ながら、そしてそれらを具体的でありながら決して定めた視点ではなく、人々の前に突き出す行為。を、享受しに、行って参りましたわ。

久しぶりに、ホントに久しぶりに、アートシーンに身を委ねる「浮遊感」を受け取り、何だか心の垢を擦ってみたくなった次第。
池田亮司 の巨大キャンパスの音と映像 インスタレーション
コンピューターの中の記号が、網の目の様に密集した地下鉄の行き交う様のように、行き来する、広い空間のキャンパスに、自信の身を置いて、身体の表面を流れて行く記号達を眺めながら、まるで古寺の枯山水の庭を、ぼ〜〜っと眺めているかのような、不思議な感覚を覚えた。
ひとつの塊の作品を観るのとは違う自由さに困惑しながらも、その空間に溶けるように存在してみる。きっと、作品の中に誰もいなければとてもつまらないのだ、これが。。

笹本晃 氷オブジェ インスタレーション
観る事を、強制されるような画像作品の中で、ほっとする、てか、、絶対日本人の作品やで、と、何故か分かる。。既に刷り込まれた感のある、意味の込められているであろう氷の塊が、(ステンレスのボウルで型取りをしたらしい半球、中に鍵が仕込まれている、、私はひとつしか見つけられなかったが、)紐でくくられて、ぶら下がっていて、下にはその型をとったかもしれないボウルが伏せて設置してあり、そこに落ちて来る雫音が、スピーカーで増幅されているらしい。。この劇場のようなセッティングに、、自分の感覚にどこかシンクロしている安心感みたいなものを嗅いで、分かった気にさせてくれる、同じ日本人やん的、妙な安心感に、ちょっと自嘲気味。

他、ハンバーガーのマクドナルドが、浸水難に遭ってる映像とか、感覚的に受け取れば良いのか、最後迄このドラマみたいな映像を根気よく見なきゃいけないのかな〜〜めんどくさ!みたいな、作品とか、とかとか。。時間足りずで、追い出されほっとしたみたいな。

しかし、来場者は、あまり年寄り居ない。時間や、曜日の関係もあるのかもしれないけれど、大きな企画展で、必ず巾を利かせるマダム達が居ない(きっと、マグリット展なんかには)し〜〜。
現代美術をひっぱってきたはずの、難しそうなおじさん(今や、爺かな)連中も居ない事に、ちょっと感心してしまった。

で、近頃滅多に無く、充電してもらった感満載の一日の〆でありました。全く完了てことね。






















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